がんばらないという選択肢【弱さも含めた自分らしさが求められる時代】

  • 2020.06.10
  • (更新日:2020.06.11)
  • コラム
がんばらないという選択肢【弱さも含めた自分らしさが求められる時代】

諦めることなく努力を積み重ねるのが、日本人の美徳とされてきました。そういう人は周りから見ていてもかっこいいですし、その努力が実って成功を手に入れたときには羨望の的になります。反対にすぐに諦める人は「あいつは何をやってもダメ」と評価されます。

確かに努力することを素晴らしいことですが、自分にとって正しいことかというと必ずしもそうとは言えません。なぜなら人生において目指すところは人によって違うから。そこで、今回は「がんばらない」ことの魅力についてお話しようと思います。

努力は自分の希望とは違う形で報われる

最初に伝えておきたいのは、努力がムダではないという話です。今回の話の軸になるのは「がんばらない」にありますが、努力することを否定しているわけではありません。ときどき「努力が報われるとは限らない」という人がいますが、報われない努力はありません。

もし報われないなら、それは努力ではなかったということ。もしくは、自分の希望とは違ったところで報われているのに気づかないだけです。

メジャーリーガーになりたくて、必死になって努力をしたら誰でもメジャーリーガーになれるわけではありません。だから「努力は報われるとはかぎらない」と言う人がいますが、本気になって取り組んだなら、それは何らかの形で必ず報われます。

努力するというスタンスが見に付いて、社会において向上心を持って仕事ができるようになっているかもしれません。野球を通じて人生を変えるような出会いがあるかもしれません。やったことがすべて無駄になることなんて何一つありません。

そのうえで言います。「もうがんばらなくてもいいんじゃないか」と。

成功しても幸せになれるわけではない

多くの人が勘違いをしていますが、成功者になると幸せになるというのは間違いです。どんな成功者にも幸せと同じだけの不幸が用意されています。金銭的な成功者になって美味しいものを好きなだけ食べられるようになる。

でもどんな美味しいものでも何度も食べているうちに、私たちは馴化して美味しさに感動しなくなります。世界一美味しい牛肉でも毎日食べていると、それがあたり前に感じるようになります。そこに幸福感を感じなくなります。

ところが金銭的に恵まれず、好きなものを好きなだけ食べられない人なら、その牛肉の切落しで作ったハンバーグでも幸福感を得ることができます。

成功者は幸福感を感じる伸び代が少なく、ちょっとやそっとでは満足できません。貧しい人は伸び代が大きく、ちょっとしたことで満足できます。反対に成功者は不幸に感じるための伸び代がたくさんあります。ちょっとしたことで不幸に感じます。貧しい人は不幸の伸び代がないので、そう簡単には不幸だとかんじません。

さて幸せなのはどちらでしょう?

もちろん成功することでしか経験できないこともあります。でも、成功することとが幸福感や豊かさにつながるわけではありません。だとしたら、なぜ努力をしてまで成功者になる必要があるのでしょう。わたしたちは、そうあるべきと教えられているだけで、現実はそうなってはいません。

魅力を持っていることが評価される時代

高度経済成長を終えるまでの日本は、価値の高いものを持っていることが評価の対象になっていました。ファッション雑誌が売れ、ブランド品が一等地に立ち並ぶ。これは高度経済成長期の名残りであり、今の時代にそぐわない流れでもあります。

高度経済成長が終わり、モノよりも情報が重視されるようになりました。みんなの知らない美味しいお店をいくつも知っている。みんなが知らないオトクな情報を知っている。おしゃれなデートスポットを知っている。これが評価されるから、東京ウォーカーなどの雑誌が売れました。

でもスマホ時代になり情報には価値がなくなりました。みんな簡単に調べることができるからです。ただ、調べるのが下手な人もいるので、最近は情報を上手に集められる人が重宝されていますが、それは本質ではありません。

これからの時代に価値があるとされるのは「人」そのものです。どんなモノを持っているか、どんな情報を持っているかではなく、会いたくなる人かどうかということです。「あの人に会いに行きたい」と思ってもらえる人になるかどうか。

そのときに大事になるのが「緩さ」です。

少し前までAKB48というアイドルが人気でした。彼女たちはのし上がっていく力強さが評価されたグループでした。人を押しのけてでも前に出る。強さが求められるグループなのでメイクも濃い目でした。そういうものが求められる時代だったのです。

ところが最近はおしとやかさを売りにした乃木坂46や明るさを売りにした日向坂46というグループが人気です。時代の潮目が完全に変わったわけです。ガツガツした人ではなく、むしろ引っ込み思案で人見知りみたいな人が受ける時代になっています。

人が人の弱さに魅力を感じる時代。こういう時代になったとき、努力して踏ん張って頑張ろうという人よりも、自分だけの花を丁寧に咲かせようとする人のほうが求められます。ぶつかっていくのではなく、柳のようなしなやかさを持ち、戦うことなく柔らかく生きる。

時代がそういう人たちを求めています。

好きなことをして個性を磨こう

繰り返しになりますが、努力することは否定はしません。でもその方向性を間違ってはいけませんし、自分で「がんばっているな」と思うようなら、それはきっと無駄な努力です。本当に好きだと思える道を進みましょう。

好きなことだけしていればいいんです。好きなことを仕事にして熱中していいんです。がんばってがんばって成長して強くなる。もうそういう時代ではありません。弱さも個性にする時代。みんなと違っていいんです。

いや、みんなと違うからいいんです。

弱さがあるからそれを補うために人に頼る。そしてときには自分が頼られる。それくらいで十分です。生きているだけで多大なストレスを受けているのに、これ以上がんばっても壊れてしまうだけです。

もちろん「努力する」という個性もあっていいと思います。ただ、それに耐えられるのはきっと一部の人だけです。

弱さが受け入れられる時代というのは、がんばって踏ん張って耐える人は「あの人は私たちとは違う」と避けられてしまう時代でもあります。時代に合わせて生きる必要はありませんが、無理に努力するのももうやめましょう。

もっと自由でいいんです。もっと素のままの自分でいいんです。それが評価される時代ですから。

コラムカテゴリの最新記事